インデペンデンシアに行ってきました。Colonia Independencia

Colonia Independencia」に行ってきました。アスンシオンから200kmあります。バス会社:Guairena(グアイレーニャ)(Tel:021-551-727)Hotel:Pension GAST RANCH(Tel:0548-265-365)、往路:8:30⇒12:30着、復路:9:30⇒13:00着(VILLARICAまで)
Colonia Independencia」行きのバス会社をフロントのアゲダさんに調べてもらい、ターミナルの切符売り場に電話して時刻表を聞きました。マイカーを持たない私はどこに出掛けるにもバスで行くしかありません。ここでは行く先の町によってバス会社が異なるからやっかいです。宿泊予約のためリストの「Pencion」と書かれたところにまず電話すると、私の話を「わからない」と何回か言いながらも理解してくれました。私は何となくパラグアイ人ではないと感じました。最終的には予約はでき、ビジャリカのバスターミナルまで来れば迎えに行ってあげるということで了解し電話を切りました。しかしバスターミナルで見知らぬ人と待ち合わせも難しいので再度電話して私の携帯番号、ペンションの車の車種、色を聞いておきました。結局「Colonia Independencia」へ直接行くバスは止めました。(理由は現地に行って判りましたがバスターミナルなどありませんでした)Villarrica(ビジャリカ)にバスが着いてからペンシオンに電話すると主人らしき人が応対してきました。1230分頃でした。「私は日本人です。昨日予約したYokotaといいます。奥さんはバスターミナルまで迎えに行きますといってくれた。私は今ビジャリカのバスターミナルに着いたので迎えに来て欲しい」と告げました。最初は要領を得なかったようでしたが、傍にいた奥さんに促されたのか「30分待ってくれ迎えに行くから、30kmあるけど30分で着く」というので電話を切って待つことになりました。昼時なのでターミナルの軽食堂で紅茶とサンドイッチを頼み、更に「マンジュウカ」(蒸した芋)が私は好きだと言ったらおばさんがニコニコしながらサービスしてくれました。そうこうしているうちにペンシオンの奥さんから電話で「私の主人が今ターミナルニ着いて貴方を探しています。どこにいますか」道路を見るとドイツ人らしき男性が車の傍らに立っているので携帯を切らずにそのままそこに走ってゆき携帯で話をしてもらいました。道中ご主人と会話しましたが、ドイツ語なまりの言葉で奥さんよりもスペイン語が話せない為に理解出来ませんでした。Independenciaはドイツ人移住地の一つで、5千人の移住者が暮らしているという説明でした。ペンシオンでは奥さんに出迎えてもらい、ご主人と部屋を案内してもらいました。今夜の食事、明日の朝食についてと牧場のことについて説明がありましたが、牧場はとても小さく、目の前の手の届くような範囲(8ヘクタール)のところに牛が15頭程草を食んでいました。建物は母屋と、別棟の客用建物しか見当たりません。場所は舗装道路から分岐した未舗装の赤土の道を約1km程奥に入ったところでした。道はまだ先に延びています。貴方の部屋はここです。今夜私達家族はビジャリカの友人宅まで出掛けて帰りは夜7時過ぎになります。途中レストランも見なかったので「どこで私は夕食をすればいいの」「ここには何もありません、あるとすれば舗装道路に出てから更に先に1km程進むとガソリンスタンドがあります。そこはお店と食堂が併設しているからそこで夕食を食べれます」「どうやっていくの」「歩いて行くのです」「自転車はどう」と笑いながら奥さんと主人が答えていました。そうこうしているとおばあさんと孫(15歳男)も出かける準備が整ったようで皆さん揃って出掛けてしまいました。あっさりしたものです。このあたりは夜間安全なのかどうか、舗装道路に出るまで家は無いし、出ても其の先は登りで道路はカーブしていて何も見ることはできなかった。先には何があるのかも私は知らないし。今の時間は午後330分です。まだ夕食には早いけど足元の明るいいうちにガソリンスタンドまで辿り着いて状況を把握しておかないと。兎に角出かけよう。カメラはポケットにしまい、現金もポケットに分散、天気も今朝から怪しいので(雨)寒さ避けジャケットを持ってトボトボ一人で歩き始めました。土は特徴のある赤土でどこかの野球場のマウンドのようです。途中に家は1軒もありません。あるのは両脇に牛が逃げない為の牧場の柵が続いているだけです。ガソリンスタンドは確かにありました。人間の歩く足も結構速いものだと感心してしまいました。途中から舗装道路に出ましたが、大型トラックが「サソウキビ」を満載して何台か町に向って走り去って行きました。先には広大な「サトウキビ」の畑があるようです。ガスリンスタンドには数人がいて、テレビのブラジル・フランスの試合中継を観戦していました。私も6時過ぎまで待つしかありません。地元産のワインがあるかと尋ねると「ある」というので2本を購入しスタンドのご主人や奥さん、従業員と時々会話しながらひたすら待つしかありませんでした。料理する人も客もいるというのに開店は夕方6時からだというのです。こういうことには結構こだわりがあるようです。日本だと気を使ってくれて、「まだ早いけど作ってあげるから、食べて帰った方がいいよ」となりそうなものです。私が日本からきていることを理解したご主人は私に店オリジナルの帽子をプレゼントしてくれました。日も落ちて暗くなると、あちらこちらから若者数グループがバイクに乗り合い連れ添ってビールやジュースを飲みに来ました。
肉料理(結構いけました)、サラダ、紅茶を頼み、夕食を済ませ夜8時を過ぎた頃、皆さんと握手をして別れ、街灯も民家もない車の通りも無くなった真っ暗な道を戻り始めました。星明かりだけで2km歩かなければなりません。スタンドのご主人に尋ねると「この辺りは安全だよ」ということで私が歩いて帰ることに何の心配もしていない様子でした。何回も星空を眺め、明かりがないとこんなにも星が良く見えるものなのか、「牧場の牛はもう寝ているだろうか」、「さっきこちらに来る時は私の後を小牛がつけたような音がしたが」、「牧場の牛に追いかけられたらどうしよう」「このあたりの人達はどんな気持ちでここで暮らしているのだろう」「迎えに来てくれた車はトヨタハイラックスといっていたが、随所が壊れていて内部が剥き出しになっていて、走ることができるだけという状況だったが、この大陸の中で確たる収入も無く暮らしていくには、車の体裁など気にしていられないし、生きて行くためにはもっと先にやることがあるという感じだった」とか、「同化できないと近親結婚になってしまわないか」とか、いろいろなことが脳裏をかすめました。無事ペンシオンに着くと皆さんは帰宅している様子で母屋に明かりが燈っていました。私は部屋が涼しいと感じたのでシャワーは止めて寝ましたが、毛布も無かったので朝方まで寒さを感じて寝ていました。ここらが日本の至れり尽くせりとは違います。朝食は730分と約束しておいたので部屋をでると傍らのスペースのテーブルに一式セットして置かれていてさすがドイツ人と思いました。パンは熱く、バター、蜂蜜、ジャム、ゆで卵、レモン、チーズ(2種)、サラミ、ウインナー、生ハム、紅茶と量はそんなに多くありませんが、嬉しい朝食を用意していただきました。(おばあさんが用意して下さったようです)暫くすると物音を聞いたご主人が「朝食はいかがですか」といいながら来てくれました。「グラシアス」(ありがとう)と答えるとニコニコして戻って行かれました。支払いを済ませ町まで送ってもらうために車に乗り込みました。おばあさんと孫も一緒でしたが、奥さんの姿が見えないので尋ねると「今朝方5時に帰ってきてまだベットの中だ」というのです。ビジャリカのターミナルで3人と握手をして別れました。町外れでは3日間ラリーが開催されているため多くの関係者が集いカラフルな車がバリバリと特有のエンジン音を発して、赤土砂塵を舞い上げ走っていました。

いくつかの写真を紹介します。
 

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PENCIONの牛達
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このペンシオンの牧場は8ヘクタール(約8町分:8万平方メートル)と規模は非常に小さいです。
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赤土道路
これが南米特有の土の色です。ここに野菜が育つのですから。道路の下は固い粘土質ですので一旦雨が降ると雪が積もったのと同じ状況(すべる)になります。場合によると四輪駆動車でも走行不能になったりすることがあると聞きました。私はこの道を歩いて往復しました。
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道路から見た牧場
一般的な牧場はこのような状況です。日本の北海道の牧場を私は見たことはありませんが、美味しい牧草が生い茂っていて、その牧草を食べている牛の姿を連想しがちですが、パラグアイの牧場は殆どこのような状況です。ルータを走るバスの車窓からみてもどこに牛がいるのかという感じです。面積が広い割合に牛が少ないし、青々とした丈の長い牧草を見たこともありません。雨量もそんなに多くないので草の生育も時間がかかるのだと思います。このために牛の数も必然的に少なくなるのでしょうか。お金があればトラクタで耕して肥料を撒いてと考えるのでしょうが、何せこの広さですから、牧場の柵を維持するだけでも大変な作業だと思います。ここを馬に乗って牛を追わなければならない仕事もあります。其の方々には失礼ですが微分・積分など全く必要がありません。むしろ馬を上手く扱って安全に作業できることがここでは求められるのです。
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ガソリンスタンドで見た夕焼け
林と雨雲が邪魔をして広大な夕焼け空とはいえませんが、夕焼けの赤色がとてもきれいでした。
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ペンシオンの朝の景色
部屋の窓から霧がかかった状況を写しました。すでに牛が起きて草を食んでいました。
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ペンシオンの建物
部屋数は4部屋程度の小規模です。TVもなし、ベットとトイレ、シャワーがついているだけでした。
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ペンシオンの母屋
ここで家族4人が暮らしています。庭にはレモン、グレープフルーツ等の柑橘類が数本植えられていて熟れた実が沢山まわりに落ちていました。

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