Buenos Airesに雪降る。

昨日(9日)アルゼンチンの首都Buenos Aires89年ぶりに雪が降ったそうです。強い寒気団がアスンシオンに到達する明後日はかなり冷え込む予報です。寒波は土曜日の夜(77日)から雷と強い雨をもたらし、毎日霧雨が舞う天気が続いています。
Nieva sobre Buenos Aires, para muchos esta noticia no tendra mucho sentido, pero para los que alguna vez habitaron esta gran urbe es casi un “milagro”. La primera y ultima vez que nevo sobre esta ciudad fue en 1918.
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San EstanislaoとTacuara

7月7日(土)
距離:AsuncionSan Estanislao 177km(ルータ3号)  Tacuara 183km(ルータ3号)
往路(7日): 9:30AsuncionTerminal)  ⇒ San Loreno経由 ⇒Limpio 10:40通過 ⇒12:40 San Estanislao
San Estanislao  
発 13:30 ⇒13:45 Tacuara着 (写真撮影と昼食) 14:15 Tacuara ⇒ 14:30  San Estanislao
復路(7日):   15:30 San Estanislao⇒ 17:45AsuncionEXPO会場近くSuper Espana前) 内山田着 18:30

計画ではGral.Aquino(ヘネラル アキノ)まで往復し、San Estanislao のホテルに宿泊、日曜日Asuncionに帰る。
という予定で事前の届出も済ませましたが San Estanislaoのターミナルに着いてから情報を集めると、
今日のGral.Aquino(ヘネラル アキノ)行きのバスは午後二時に一便あるだけで、San Estanislaoに戻れるバス便があるかどうか。
アキノまでは距離もあり、今からでは往復できるかどうか心配。それと天気は今夜から雨の予報。
地図を見ると、アキノまで道路は未舗装なので、雨が降ったら車が滑って出て来れないという心配。
これらにより、今回はヘネラル アキノ行きを止め、予定を変更して近くのTacuaraに向かいました。
またホテルに泊まるか、Asuncionに帰ってしまうかは、San Estanislao の町を歩き回り、時間に余裕があるなら、Asuncionに帰ってしまう。という腹積もりをしました。
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今日からパラグアイの学校は冬休み(二週間)です。このためバスは子供連れの客で混雑し、経由地のSan Lorenzoで満員になりました。通路も立っている客でいっぱいで車掌役のおじさんが中程に詰めて頂くよう客にお願いしていましたが、私の近くの若い女性客は、そのおじさんに向かって、「私は動く必要がない・・・前の人が奥に移動すればよい・・」というものすごい口調のやり取りを聞いて・・・・・やっぱりどこにもあるんだー・・・と納得。です!


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ルータ3号(途中)の景色:果てしなく広い
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ルータ3号からの途中の景色
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牧場の牛
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San Estanislaoのバスターミナル:ルータ3号から分かれてバスは町の中に入り込みました。ここはConcepcionPedro Juan Caballero行きのバスが通過します。(NASAのバス)
私が乗ってきたバス(La Santaniana)も客を降ろしてからConcepcionに向かいました。隣座席のセニュールはもっと先のSta.Rosaの知り合いの家へ行き今夜またAsuncionに戻るんだと話していました。私は別れの挨拶をしてバスを降りました。(セニュールにいろいろ教えていただきましたので)
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San Estanislao
のバスターミナル:バスが停まると一斉にジュース、水、焼肉、チパ、新聞、ガム・あめを売る人たちがバスを取り囲み大きな声を張り上げています。
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ターミナル横の道路。ルータ3号は街はずれを通過しているようです。
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Tacuara
に行ってきました。路線バスに乗って15分位で着きました。いつもの様にバスの運転手に教会の近くで降ろしていただきました。
Tacuara
はルータの合流点です。ルータ5号方面に向かう道と、ルータ2号方面のCnel.Oviedoに向かう道です。見た範囲では町を形成しているのかどうかはわかりません。教会がルータ沿いなので町は無いのかも知れません。教会建物も小さなものでした。(役場は無いと行ってましたから行政はSan Estanislaoと同じなのかも知れません)
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Concepcion
Pedro Juan Caballero方面に向かうルータ3号:チパを売る店が見えます。
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ルータ合流ポイント:左に進むとConcepcionPedro Juan Caballero方面、真っ直ぐ進むとCnel.Oviedo。右側にチパを売る店があります。
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La
 Santanianaのバスが通過しました。
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San Estanislao
方面に向かう(ルータ3号)
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Tcuara
教会建物:小さい建物でした。
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Tcuara
教会建物:松の木が植わっています。葉は日本より長いです。
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電線に付着した植物
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ルータにあるトラックの荷物チェックポイント(道路両側にある高い構造物):働いている人に聞いたら、トレーラの荷台に積まれた牛の種類をチェックするので高く作られているとのことです。
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のどかにガソリンスタンド前を、何かをついばみながら移動中の鳥。私の姿を見ても逃げる様子もなく平然と歩いていました。(あそこに人間がいるけど無視して行こう!というような会話をしていたような気がします)

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何をついばんでいるのかわかりませんが、時々地面をつついていました。私を気にする気配は全くありませんでした。
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この食堂で何か食べようと椅子に座りました。
食堂の子供Sara(7歳:2年生)は今日から冬休みです。Mateを飲んでいます。奥ではおばさんがたった今、鶏をしめたところだと赤くなった両手のひらを皆に見せて笑っていました。
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沢山のマンジョウカを茹でて、これから機械にかけてつぶすのだそうです。私は買ってきたサンドイッチとこのマンジョウカを食べました。

San Estanislao 2



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unicipalidad de San Estanislao
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教会建物正面
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教会後方から
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San Estanislaoは坂のある町
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このホテルに泊まる計画でした。教会の傍にありました。
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もう一つ教会脇にホテルがありました。
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教会前のPlaza Mariscal Lopez
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laza Mariscal Lopez

San Estanislao 3



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綺麗に刈り込まれた街路樹
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教会前のPlazaに面した道路
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教会前のPlazaに面した道路
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建設中のMuseo(博物館):ITAIPUの寄付で作られていました。
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立派な門構えのお宅
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パラグアイには珍しい横断歩道橋。
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歩道橋脇の建物
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ある通り
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目に留まった建物
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laza Diverta
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laza Diverta

San Estanislao 4



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目に留まった建物
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目に留まった建物
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目に留まった建物
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この町はバイクを利用する人が多いのも特徴でした。バイクで町を颯爽と行き交う人。
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バイクで町を行き交う人々
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ある通り
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街はずれの民家
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街はずれの民家
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サッカーの練習を終えて家に向かう子供達(11才~13才)
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日本で一時期活躍した、プロゴルファー カルロス フランコ氏の所有するゴルフ場(バスの中から)
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カルロス フランコ氏の所有するゴルフ場(バスの中から)
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時間にまだ余裕があったので、結局帰ることにしました。でも帰りのバスは満員、3時間立ちっぱなしでした。
冬休みを利用しておじいさんとAsuncionに行く子供。満員のバスの中ではこのような子供は必ず立たされますが座りたいと、泣く子供はいません。多分小さい頃から当たり前のこととしてきているからでしょう。でも時にはおじいさんの膝の上に腰かけて、おなかの上にもたれて寝たりします。
女の子はMaria Bettina(7才)、男の子はPedro Adiana(6才)。長時間の移動なので退屈しているところを写真に撮りました。私の横の座席にいたおじさんもここから撮ればいいよ!とアドバイスしてくれました。

木々の紅葉

枯 葉 よー
パラグアイの木々の紅葉についてどのような変化があるか見ていますが、夜間の冷え込みが日本程厳しくないためか、見事なものは見つけることができません。アスンシオンで唯一紅葉しているな!と思って見るのは「SOMBRILLA:意味は 日がさ」(地元の皆さんはこう呼んでいます)の木です。

写真を撮るなら、太陽の日差しが木の上から差し込んだ時に、下側から撮ると鮮やかな写真になるのですが、この日は条件が悪かったです。


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強風で葉が飛ばされてしまい、見事な!という状況ではありません。
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SOMBRILLA
は街路樹としていたるところに植えられています。花は咲きませんが日陰を作ってくれるので、皆さんに好かれています。
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葉は大きいです。日本にある朴の木(ほおのき)の葉を小さくした感じです。
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落葉を見て、人々は秋というか冬の到来を感じているかどうかはわかりません。むしろ日が沈むのが早くなったことの方が季節を感じているのかも知れません。

NIHON GAKKO 七夕祭り

76日(金)
友人の子供が通ってる学校(フェルナンド デ ラ モラ市にあるNIHON GAKKO)の七夕祭りに誘われました。夜のイベントなので気乗りしませんでしたが、車で迎えに来てくれたので行って祭りの模様を写真に撮ってきましたので紹介します。
バスで帰ってきましたが、夜間は路線バスの番号が遠くから見え難く、手を挙げるタイミングが遅れて、二本逃しました。


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道路に掲げられた看板。小学校、中学校課程があるようです。高校はわかりません。
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詳しいことはわかりませんが、この学校では日本のよさを取り入れて教育をする方針だそうです。そのため日本語の授業もあるようです。
また、学校には青年海外協力隊員の方が派遣されていて、今日の祭りの司会をされていました。内容は全て日本のものを取り入れたもので、さぞかし準備が大変だったろうと思います。
七夕祭りは9時頃終了しました。
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空手の型披露
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着物を着てステージを歩きました。
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七夕を題材にしたダンス演技
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コーラス(日本語で)
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コーラス(日本語で)
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玉入れ競争(ステージ下で)や綱引きもおこなわれました。
(この空間は屋根があります)
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最後は盆踊りで盛り上げて。
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ステージの様子
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父兄や子供が多数見にきていました。
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売店でのりまき寿司、いなり寿司、焼きそば等の日本食も売られていました。(値段は高かったですが、父兄の収入も高いのかも知れません)

セラジャさんセンタを去る

7月3日(火)セラジャさん(69歳)がセンタを去りました。
CITEC-FIUNA
で建物等のメンテナンス作業に従事していたセラジャさんは6月中頃に工学部の管理担当部門のピティリさんという方から、雇用契約を今後継続しない旨を伝えられたということで、私達もそのようなことが行われないよう、モレイラ(業務調整CP)さんに申し入れをして、モレイラさんからピティリさんに電話で話をしていただきました。了解されたということで安堵していましたが、契約期間が切れた(4ヶ月毎の契約更新)6月末をもって再契約の書類に学部長のサインがもらえなかったとかで、秘書が先週金曜日センタに来て本人に通知したことを、朝セラジャさん本人から聞かされショックを受けました。沈痛な面持ちで現れて話をされましたが、詳しいこともわからず、非常に残念でした。(業務調整員の方からも話をうかがいました)
昨年は鳩汚染対策の金網取り付け作業を、屋根瓦取替え作業が悪天候で中断する合間をぬって作業していただき、今年は6週間建物のペンキ塗り作業をしていただきました。今年のこの作業がどうもピティリさんが意図していた雇用内容と異なる(屋根補修作業で契約していた)ということで再雇用とならなかったという説明だそうです。雇用のための予算確保がされていない為、という情報もあり本当のところはわかりません。
モレイラさんの話では、管理担当のピティリさんに来てもらって話を聞く場を設けるそうです。
今年二月にセンタ長のルイス氏が承知をしていてくれればということで、3回事前打合せを業務調整員の方と一緒に行い、セラジャさんとともにそれなりの事前対応はしてきましたが、今回はセンタ長がヤシレタダムに出張(秘書の話によると1年)していて不在中の出来事だったのです。

高校生の職業実習

72(月)
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この時期、工業高校3年生は1週間会社に派遣され職業実習をしています。


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UPS
を組み立てている会社を訪れました。
Electronica Industrial Especializada
という会社です。私もOscar Lopez氏とRichard Acosta氏に誘われ同行し約40分位見学させてもらいました。
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社長のIng.Osvaldo Nieto氏(左)と学校の先生のOscar Lopez氏とRichard Acosta
1992
年創立しその後手狭になったので、2000年にこの場所に移転。(創立15年経過)15名の社員が働いているそうです。基本的な仕様は自分達で設計、材料や部品はブラジルから購入し組み立て、試験・検査を行い出荷しているそうです。基本的には受注生産だそうです。
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真ん中の女性は設立当初からの社員。右が研修生です。カメラを持っているのはCITECの職員・・・・生徒の実習をビデオに収めています。(別途卒業記念として編集予定)
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組み立ては流れ作業でなくて、全ての工程を一人で行っていました。
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組み立て作業場の様子
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製品:結構大きいな物も作っています。